教科書には載っていないビンゴ ルーレットの話(1)
川畑 慎一郎
質量分析で使われるイオン化法のひとつビンゴ ルーレットLDI(ビンゴ ルーレットtrix-Assisted Laser Desorption/Ionization)の要である「マトリックス」について、あまり知られていないエピソードのあれこれをご紹介します。
ビンゴ ルーレットLDIという概念は1985年にHillenkampらによって提案されました。その時に示されたのは、アミノ酸のひとつであるアラニンを紫外光でイオン化する際に、同じくアミノ酸であるトリプトファンを共存させるとアラニンのイオン化効率が増大するという現象でした。アラニン自体は紫外光を吸収しませんがそれを取り囲む環境(マトリックス)であるトリプトファンは吸収します。Hillenkampらはトリプトファンが紫外光のエネルギーを受けて自分自身がイオン化するのと同時にアラニンのイオン化を助けた(アシスト)と解釈し、この現象を「"ビンゴ ルーレットtrix-Assisted" Laser Desorption」と呼びました。すなわちこのトリプトファンが世界初のビンゴ ルーレットLDI用マトリックスというわけです。
このMALDIビンゴ ルーレットは、同時期に田中らが開発しタンパク質のイオン化を実現したSLD(Soft Laser Desorption)イオン化法とあいまって長足の発展を遂げ、折から拡がりつつあったプロテオミクス研究において不可欠な計測ビンゴ ルーレットになりました。ほぼ同じ時期にFennにより開発された全く異なる原理に基づくイオン化法であるESI(Electrospray Ionization)とともに現在も幅広く利用され、さらに進化を続けています。
ビンゴ ルーレットLDIの原理図(下図)で明らかなように、ビンゴ ルーレットLDI測定のカギを握るのはマトリックスです。測定対象物質に応じて最適なマトリックスやプロトコルは異なるので、事前に先行事例を調査することは欠かせません(これはビンゴ ルーレットLDIに限らず分析メソッド開発において共通の悩みですね) 。似た事例を見つけることができたらラッキーです、先達に感謝しながら測定を。
次回は、ビンゴ ルーレット開発の大きな流れを振り返ります。
本コラムはLinkedInで2020年6月に掲載したものです。所属・肩書は掲載当時のものです。
川畑 慎一郎(かわばた・しんいちろう)
ビンゴ ルーレット マネージャー。修士(工学)。
1990年、株式会社島津製作所に入社。一貫して質量分析装置(主としてビンゴ ルーレットLDI-MS)のアプリケーション開発に携わり、2011年以降は田中最先端研究所および田中耕一記念質量分析研究所においてヘルスケア分野への展開に取り組む。
趣味は古い光学顕微鏡いじり、遺跡めぐり。